買い物狂いの忘備録

40代の物欲にまみれたオッサンの忘備録です。ミリオタ、ガンオタ、あと洋服の事など忘備録的に書いてます。

テト(1968)   part1

先日(自分自身が逃げられないように)決意文を書きました、1968年の共産軍による大攻勢、いわゆるテト攻勢について書こうと思います。
もちろん、テト攻勢下にて行動した米海軍特殊部隊SEALのお話が中心です。
文がおかしかったり、なんか変な所があっても、ああ、そんなものねと冷ややかな目で見て頂ければ幸いですw
では、拙い歴史物のお話ですが、しばらくお付き合いください。。。
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Part1 バサック河にて


 1968年が始まり、当初1966年に海軍特殊部隊NAVY SEALsがベトナム戦争に派遣された時と比べ、ベトナムにおけるアメリカの関与は巨大な物に膨れ上がっていました。
 アメリカ軍司令部は、解放戦線と北ベトナムに対して軍事的な勝利は目前であるとみていました。
実際には北ベトナム軍の侵入を阻止する事は成功していたが、それに対抗する更なる増援が必要とされました。
1968年はアメリカ合衆国の選挙の年であり、国内では長引く戦争へ反対する声が増えていましたが、政治家はベトナムでの勝利がそれほど遠くない未来にあるのを確信していました。
だが、同じ年となったテト(ベトナムの旧正月)のお祝いの熱狂はそれらすべてを上回りました。
 1月2日、バサック川中流Can Tho南東12マイルに位置する小島にある敵基地に、SEALはベトコンの転向者に案内され侵入しました。

6名の敵兵士を短い銃撃戦の後に射殺、2基の建築物と備蓄していた米8ポンドを破壊しました。
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 後日敵の転向者から救援要請を求める通信がありましたが、1月7日に脱出を試みた時に殺害されてしまいました。同日第7小隊と2名のL.D.N.N隊員は、小川を航行していた動力付きサンパンで移動している4名のベトコンを殺害、SEALチーム1・B小隊は放棄された敵ベースキャンプを発見します。
B小隊は敵の領域を移動し、21個所のたこつぼ、25個の掩蔽壕、動力付きサンパン、40個の手榴弾、5基のブービートラップ、および3000ポンドの米を破壊、大量の文章を捕獲しました。
 1968年、SEALチーム1と2の被害は深刻な問題となっていました。
1966年から1967年の間チーム1は6名の戦死者を出していましたが、SEALは小規模な部隊の為人員の補充が容易ではなく、このような損失は戦争の難しい現実でした。
 1968年1月11日SEALチーム1の隊員が戦死し、新年を迎えてから最初の死となりました。それは南ベトナムBa Xuyen省での作戦行動中、ロイ・キース上等兵が銃撃戦にて命を落とした戦闘でした。
彼が所属するB小隊の分隊は、ロケット砲を装備した5名のベトコンが守備する掩蔽壕に遭遇しました。1人のベトコンが掩蔽壕からAK-47を発砲しキースに瀕死の重傷を負わせ、SEAL分隊は掩蔽壕を攻撃しベトコンを殺害、ロケット砲と3丁の突撃銃を鹵獲しました。
キースの死は、1968年の激しい戦いの序章ともいえました。
 1月12日、UDT12 Golf分遣隊はメコンデルタのDongTamのはずれにあるMyThoに移動しました。この分遣隊は当初CTF117(河川機動部隊)の指揮下、新型潜水器具を使用した河川偵察をテストするよう命令されていました。
UDTフロッグマンは、3名の士官と8名の下士官兵から編成されていました。
他の3つの部隊が後で派遣される事になっている間、4基の新型潜水装置のうちの1つは部隊とともに来ました。
 また別の話となりますが1968年1月12日、ベトナムでSEALsと彼らの功績に関する小さな記事が発表されました。
記事は星条旗新聞に転載され、それが漫画シリーズとなりました。
当時人気のあったBuzz Sawyerのマンガシリーズの一部として、海軍は極秘の海上部隊SEALを加える事を提案しました。
その漫画の中で主人公のSawyerは、北ベトナムへソ連製レーダー制御システムを奪取するためにSEAL小隊を率いて潜入するという内容でした。
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*Buzz Sawyerシリーズは、第二次世界大戦中に始まった漫画シリーズで、スター&ストライプ(星条旗新聞)に連載されました。
主人公Buzzは海軍のパイロットで色々な活躍をしますが、WW2終結後も連載が続けられ1979年まで書かれました。
海軍はフィクションの作戦なのでコメントはしませんでしたが、その描かれた内容は非常に詳細なものでした。
 Time誌の記事によると、600回の作戦中、SEALsは共産主義者に支配されたエリアに極秘に侵入し、共産主義者の施設(70艘のボート・200以上の橋)を破壊、SEALはその間6名の損害を出したが175名の敵兵を殺害し60名の捕虜を捕えたと。
Time誌のレポーターGlenn Troelstrupは、SEALsのパトロールに同行した初めての報道関係者となりました。
河での待ち伏せは、短いが激しい銃撃戦の後2名のベトコンの死で終わりました。
Troelstrupは、隊員ががまるで敵のように振る舞い、ハンターとしてベトコンを狩りたてている事を記述しました。
*写真誌で有名なLIFEも、同様にSEALの写真取材を行っておりました。
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 他のSEALチームの待ち伏せは、ランサット特別地域Nha Beの南東6マイルにて、1月12日に行われました。
ベトコンの部隊間での警告や通信などが数時間に亘り聞こえてきましたが、SEALのパトロールチームから逃れる事はできませんでした。
待ち伏せは、サンパンの船外機を破壊しベトコンを4名射殺し終わりました。SEALが待ち伏せ地域から離脱している時、河の対岸から銃撃を受けました。
そのベトコンからの攻撃も、40mmグレネードランチャーを叩きこむとすぐに沈黙しました。
SEALsは上流にそのまま向かい更に索敵を続けますが敵部隊と遭遇する事もなく、しばらくの間パトロールを続け帰還しました。
 1月18日、機関銃手の三等曹長アーサー・ウイリアムスの小隊は敵部隊と接触し猛烈な銃火の中で緊急脱出を行っていましたが、彼は致命傷を負いました。
SEALチーム2第6小隊のメンバーは負傷した彼を抱え脱出しますが、間もなく彼は死亡しました。
そして、彼はSEALチーム2のメンバーで最初の戦死者となりました。
 同日、死はUDT12に悲劇をもたらします。
UDTチームとロバート・コンドム少佐が乗船したLCM(上陸用舟艇)に敵のB-40ロケット砲が直撃、部隊指揮官であったロバート少佐が戦死しました。
少佐のチームは、新型のスキューバ装置を使った評価試験を行っていた最中でした。
 My Tho地区にて半月の間、SEALとL.D.N.Nの合同チームは敵兵を斃し、敵の軍需物資を鹵獲しました。
2個L.D.N.N分遣隊とSEALチームは、Binh ThuyのはずれからNha Beの周辺で活動しました。
 1月の半ば、SEALチーム2第7小隊からもう一人の犠牲者が出ました。
ユージン・ファーレィ軍曹は敵に仕掛けられたブービートラップの解体を準備していました。
そのブービートラップはパトロールに来る米兵相手に仕掛けられていました。彼がトラップを解体している時に装置は爆発、ユージーンは戦死してしまいました。
 SEALは増加した犠牲者から人員を補充する為、隊員を増やす努力が続けられました。
同時に敵が活動する地域での作戦行動を通し、敵を熟知し経験を積み隊員の行動はより大胆になりました。
 1月22日、2つのSEAL分隊はTien Giang川(サイゴンの南西77マイル)の運河に沿って待ち伏せをしていました。
水路に沿ってパトロールしている間1つのSEAL分隊は、23日深夜2時に灯り無しで移動していたサンパンを攻撃、4名のベトコンを射殺します。
分隊は更に南東に移動し、灯り無しで移動していた別のサンパンを攻撃、2名の敵兵を射殺しました。
その攻撃の中、運河の土手沿いにあったベトコンの拠点はアメリカ軍の銃撃に反応し、発砲炎に向け射撃を開始しました。
暗闇の中複数の敵部隊は、お互いを敵と誤認し銃火を浴びせ同士討ちを始めました。SEALsの面々はそれを静かに隠れながら見ていました。
最初の待ち伏せ地点から2番目のSEAL分隊は2つの土手沿いに移動を開始、敵兵が乗ったサンパンを拿捕し、最終的に残った敵兵がSEALによって壊滅しました。
戦闘後隊員は8名のベトコンの死体を発見、それから2個分隊は合流し帰還しました。
 同日、UDTのB小隊は人工ダムでせき止められた運河を解放するために、SEALチーム2の指揮下で行動しました。
300ポンドの爆薬でダムを吹き飛ばし、運河の通航は容易なものとなりました。
UDTのフロッグマン達はこのような任務によく利用され、一般市民の運河の交通を助けました。
 また1月22日夜、SEALチーム1 A小隊のメンバーからなるチームは、オーストラリア特殊空挺部隊(SAS)の5人のメンバーと待ち伏せ作戦を行いました。
 オーストラリアとニュージーランドの精鋭部隊であるSASは、優秀な特殊部隊として偵察、待ち伏せ、捕虜を捕えるなどの活動を行いました。
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*写真は、ジャングルの幽霊と恐れられたオーストラリアSAS隊員
SASはSEALのように、5名からなるパトロールチームを編成し正規軍の目や耳として行動しました。
SEALは幾度もSASと協力し、共同部隊として優れた関係を築きました。
 1月の作戦で、ヘリコプターから縄はしごで作戦地域から離脱したチームがありました。
数名のベトコンは3隻のサンパンから発砲し、この戦闘で2名のベトコンが射殺されました。
一隻のサンパンから鹵獲された北ベトナム正規軍の軍服は、この地域でベトコンと北ベトナム軍が活動している事を示していました。
他の地域でも北ベトナム軍の活動が報告されており、この情報は旧正月への不吉な警告でした。
続く
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コメント

読み応えのある記事でした!

作戦が記録されてるのは素晴らしいですね。
しかも一回のブログに複数の作戦について記述されてるなんて太っ腹です。
※『私ならこうする』作戦の面白くなる所で次回に続くと締めくくるのは言うまでもないが、この連載は94話までは続くと機先を制して期待させる。あとレンガ(562)を・・
次回作も楽しみにしています。

  • 2016/06/03(金) 17:35:54 |
  • URL |
  • 緑の顔の男(ただしQ州産) #-
  • [ 編集 ]

Re: 読み応えのある記事でした!

緑の顔の男様

いつもコメントありがとうございます。
今読んでいる本ですが、恐ろしく細かい単位であんな作戦行動がガンガン書かれているのですよね('A`)
多分連載ですが152話まで続き、

ジャブロー編
めぐり合い宇宙編

まで続くと思います。「私ならこうする」は番外編として同人誌として販売する予定です。
問い合わせはサバイバル・スペシャルまで....


  • 2016/06/04(土) 09:12:22 |
  • URL |
  • 物欲 #-
  • [ 編集 ]

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