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買い物狂いの備忘録

40代の物欲にまみれたオッサンの備忘録です。ミリオタ、ガンオタ、あと洋服の事など備忘録的に書いてます。

トンネル兵器 暗闇の衝撃

先日ネットサーフィンをしていた時、面白い記事を見つけました。
ベトナム戦争中、共産ゲリラが作り上げた地下トンネルへ単身潜り込んだ勇敢な兵士達”トンネルラット”に関するお話です。
トンネルラットの詳細は別の機会に譲りますが、非常に興味深いお話です。
ツイッターでフォローしております下呂子氏のツイートをまとめたもののリンクを貼っておきます。
そこで登場した特殊兵器"Quiet Special Purpose Revolver, AAI QSPR noiseless revolver"のお話です。
相変わらずのガバガバ翻訳ですので、赦してくださいw


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ベトナム戦争中、米国はベトコンや北ベトナム軍と、当時最もハイテクな最新鋭の兵器を使って戦った。
これらの最新兵器は、最もローテクノロジーな軍隊へ降り降ろされた。
ベトナム戦争の舞台は沼地から山岳高原、水辺から陸上にだけでなく北ベトナムの空から南ベトナムの地下まで広がっていた。

1966年1月、サイゴンの北西にあった共産ゲリラの要衝に対し、米軍を始めとする連合軍による掃討作戦”Operation CRIMP"が行われた。
米軍と同盟軍は共産軍から待ち伏せ攻撃を受け激しく撃たれたが、部隊が反撃すると敵は忽然と姿を消してしまった。
敵が消えてしまった謎は、巧妙に隠されたベトコンの隠し扉から突き出した釘の上へ、ある米軍の軍曹がうっかり座った時に判明した。
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軍曹の受難は、ベトコンのトンネル網を知る最初のきっかけだった。
木の根が張り巡らされた赤土に掘られたトンネルは、わずかな距離しか掘り進める事しかできなかったものかもしれないし、何マイルにも及ぶ巨大で多層的な地下トンネルの一部でもあるかもしれない。
トンネルの中に何があるかを知る方法はただ一つ、兵士が暗闇の中に降りて調べるしかなかった。
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軍用犬はトンネルを捜索するには不向きで、中に入った犬はベトコンの罠にかかって殺されてしまった。
ベトコンが潜む未知の闘技場で、敵と顔を突き合わせて戦うアメリカ兵が求められた。
ベトコンの作った穴へ潜り込む小柄な兵士たちのために、トンネルラットという言葉が作られた。肉食獣のように兵士達は暗闇の中へ入り、トンネルを探し出しそこに何があるかを見つける。
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暗く、暑く、湿度の高いトンネルの中に潜りこんだトンネルラットが出くわすのは、ブービトラップ、ヘビ、毒のある昆虫、武器庫、あるいは手に武器を持ったベトコンかもしれない。
トンネルラットが地下を捜索していた時は、『素早く殺す』事を心がけていた。

トンネルの入り口は、18インチくらいの大きさの偽装された木製のトラップドアであった。この木戸をくぐり、懐中電灯、拳銃、ナイフ、勇気を装備したトンネルラットが入っていく。

トンネルラットの行く地下の世界は、土を掘りぬいたトンネルでできていた。米軍のエンジニアは、天然の鉄筋コンクリートのようなものであると説明した。
ベトコンの図面によると、トンネルは0.8メートル~1.2メートル以上の幅があった。天井の高さは1.8メートル以下だが、より多くの場合最低0.8メートルほどしか無かった。
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より大きなトンネルは通常、トンネル網のより深い層にあった。
通常トンネルラットが探索する場所は、粘着性のある土を掘りぬいた幅30インチ(約76cm)をわずかに超えるトンネルであることが多かった。

M1911A1コルト45オートマチックピストルは、トンネル探索の初期に使われた一般的な拳銃であった。だが狭いトンネルの中で45ピストルを撃つと、大きな発砲音で兵士の耳が聞こえなくなってしまった。
M1911A1は大きすぎて扱いにくく、発砲音が大きすぎると評価されてしまった。
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トンンル探索技術が経験により洗練されていくにつれて、多くのトンネルラットはリボルバーを選んだ。38口径のリボルバーは比較的軽量でコンパクトなので扱いやすかったのだ。
S&WやColtの武器は泥で汚れても確実に作動し、不発の場合は引き金をまた引くだけで済んだ。
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トンネルラットが活動する地下世界では、折り畳みストックを持つM2カービン銃でさえ「大砲」とあだ名されていた。
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当時一般的なピストル用のサプレッサーを入手する事ができず、あってもサプレッサーを付けたピストルは長く不格好で使いずらいものだった。。
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トンネル探査キットは1966年にLimited Warfare Laboratory(LWL)”米陸軍限定戦争研究所”によって開発された。
キットの中にあった通信システムはうまく機能しなかった。
帽子へ取り付けられたヘッドランプはずり落ちてトンネルラットの目を眩惑し、命取りになる照準点を敵に与える事となった。
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キットの中の武器は、4インチバレルに小型の照準用ライト、銃口へ装着されたサプレッサーが付いた38口径S&Wモデル10リボルバーだった。
一緒に支給された専用のヒップホルスターは大きすぎ、狭いトンネルの中でしゃがんだ状態からピストルを引き抜く事すら困難であった。リボルバーは照準用のライトと銃口に取り付けられたサプレッサーで、元のM10に比べるととても大きなサイズになった。またリボルバーの構造上、シリンダーと本体の隙間から発砲時のガスが漏れてしまい、サプレッサーは期待されていたよりも発砲音をあまり軽減することができなかった。
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LWLに戻った設計者たちは、リボルバーサプレッサーへの信仰を無くしてしまったのか、トンネル探索キットの中へ地下で射撃するときに使う耳栓を追加した。そんな事だったのでトンネルラット達は探索キットを使わなくなり、そして撤去されていった。

1969年南ベトナムのトンネルでの地下戦闘は、それまでの戦闘経験によって洗練されていった。
トンネルラットは地下世界の戦闘に何が効果的かを知りぬいていたので、新しい機材や武器の採用へは非常に保守的な考えを持っていた。
1969年7月ベトナムの戦場へ、おそらくこれまでに製作された中で最も進歩した拳銃10丁が到着した。

これに先立つ事1967年12月ベトナム共和国において、トンネルラットは正式にトンネル探査要員と呼ばれるようになった。この部隊に発砲音が静かでやかましくない武器の必要性が依然として存在することを、米国ベトナム軍事援助司令部(MAC-V)は認識していた。
大失敗に終わった探査キットの騒動から18か月、トンネルラット達はさまざまな武器を使用していた。
トンネルラットの中には腕の良い小火器修理工や機械工がいて、M1911A1用の物も含めさまざまな拳銃用のサプレッサーを製作していたのだ。
しかし大口径である45口径ガバメントは、単純な構造のサプレッサーでは期待された減音効果は得られなかったが、それを気にしないラットには好まれた。

第二次世界大戦のOSS(米軍の諜報機関)が製作した、サプレッサー付きハイスタンダード22口径ピストルもトンネルラットの手に渡った。
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しかしこれらの武器は数が非常に少なく、他の特殊部隊からも必要とされていた。
25口径オートマチックピストルからノコギリで切り縮めた散弾銃まで、個人的に多くの武器が持ち込まれラット達に使われた。MAC-Vはこれら現場での即興的に持ち込まれた武器を調べ、新しい武器を求める彼らの要求へ応えた。

暗いトンネルでの命中確率を高めるため、新型兵器の弾薬は散弾タイプが選ばれた。
ターゲットがほんの一瞬しか見えない場合、またはまったく見えない場合に、発射された弾薬の広がりは標的へ命中させるのにはるかに容易になる。
トンネル内での戦闘は短い距離で行われるので、最低でも25フィート以内での殺傷能力を求めた。基本的にMAC-Vは、小型で消音性の高いショットガンを求めていた。

陸軍LWLは、メリーランド州ボルチモアの民間航空機請負業者であるAircraft Armaments Inc.(AAI)にプロジェクトを委託した。AAI社は長年にわたり、米軍、NASA、および航空宇宙産業などで、カプセル内でピストンを作動させる技術の様々な応用に取り組んできた。
同社の宇宙開発における経験は、トンネル兵器プロジェクトへ迅速に転用された。


密封されたシリンダー内では、通常の無煙火薬による推進剤ガスが内蔵されたピストンを前進させ、一端が開いたシリンダーの弾頭発射位置までピストンを駆動させる。
発射ガスで駆動するピストンは、シリンダの開口端でくびれ部に衝突すると閉じ込められて所定の位置に保持された。
シリンダーから放たれた弾頭は、かなりの速度で押しだされる。

内蔵されたピストンはシリンダーの端部を密閉し、推進剤ガスをシリンダー内へ閉じ込めてしまう。
火薬の爆発による推進ガスが激しく噴出しないため、銃口爆風、銃口からの閃光、および結果として生じる発砲音は大幅に減少した。
リボルバーのオープンエンドシリンダーへ、散弾の詰まったプラスチックカプセルを内蔵したスチール製カートリッジを装填できるように改造して、トンネル兵器の核心を得る事ができた。

発射された弾丸の「マズル速度」(銃口からの初速)、この場合の初速は、薬きょうの内部ピストンを押す移動距離と火薬の圧力で決まる。
薬きょうへ密閉された雷管は、通常の方法で火薬へ点火する。
薬きょうの端にある太く切られたネジ山で、前進したピストンがそれに当たり減速して停止する。
押し出されたカプセルは薬きょうを突き破り、空気の抵抗に当たるとプラスチックカプセルは壊れて弾丸を放出する。

この散弾の致死性を増加させるために,通常の散弾の代わりに焼結タングステン鋼合金でできた散弾を使用した。型の中へタングステンの粉末を入れそこに高い圧力をかけて製作され、出来上がった特製散弾は真ん中にバンドがある丸いボールのように見えた。
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新型の弾薬を発射するためオートマティックピストルではなくリボルバー・システムを使用して、排莢不良など作動不良の問題を排除した。弾薬設計に使えるサイズを最大化するために、市販で販売されている一番大きな口径のリボルバーが選ばれた。その時選ばれたリボルバーは、44マグナム弾を使用するスミス&ウェッソンモデル29だった。

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44マグナムのバレルを取り外し、代わりにライフリングの切られていない短いバレルが捩じり込まれた。リボルバーのオペレーションロッドは、短くなった銃身に合わせて切り縮める加工が施された。
このような変更はあったが、リボルバーのとしての外観やメカニズムはほとんど変わっていなかった。

44マグナムModel29シリンダーの各チャンバーは、特殊な弾薬の形状に合わせ全長0.528インチまで拡げられた。元々は重さが0.5ポンド以上あったシリンダーから2.75オンス以上の鋼鉄が取り除かれた事を意味する。スチール製の特殊消音カートリッジケース自体が推進剤となるガスの圧力を密封するので、シリンダー壁を非常に薄くすることが可能となり、このような加工を施しても強度的な問題は無かったのだ。

追加のコイルスプリングをメインスプリングの上部近くに配置して、リボルバーハンマーに特殊弾薬のわずかに凹んだプライマーへ確実に当てる加工を施す。
M29に本来ついていた照準器は新型弾薬では不要とされ後方照準器は取り除かれ、リボルバーの上部に四角のスロットが残され、必要に応じて大まかな照準をすることができた。
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発射された新しい弾薬は、低強度の発砲炎しか出さなかった。通常のリボルバーショットの爆風と騒音はほぼ完全に除去された。特殊弾薬に内蔵された15発の散弾は、410番口径ショットガンと同じ散弾の広がりで放たれた。

だがこの弾薬には、その特殊な設計に起因した安全上の問題があった。
弾薬が発射された場合、致命的な速度を持つために通常の弾丸はバレルによる加速が必要となるが、この特殊弾薬はバレルやシリンダー内に装填される必要が無かった。
もし異常な高熱で晒されたり強い衝撃を受けた場合、特殊弾薬は武器から発射された場合と同じ750フィート/秒の速度で散弾が放たれる。
貯蔵の安全を確保するため、トンネル兵器専用弾薬を保管する弾薬箱には厚さ1/8インチの特殊鋼ライナーが入れられた。もし万が一火事やその他のトラブルで暴発したとしても、少なくとも弾丸は弾薬箱から飛び出さないだろうという配慮からだ。

現在『Quiet,Special Purpose Revolver』と呼ばれているこの特殊兵器は、15フィートの距離で厚さ3/4インチの合板を貫通した。これは後にベトナムで戦うネズミ達への武器のデモンストレーションの一部として使われた。
1969年7月ベトナムへ、10丁のトンネル兵器と992発の弾薬が試験のため送られた。

90日間の実地試験期間中この新型兵器のうち五丁と弾薬496発が、第1歩兵師団と第25歩兵師団にそれぞれ支給された。
8月22日、トンネル兵器と125発の弾薬が試験を広範囲に行うため第1歩兵師団からアメリカル師団(第23歩兵師団)へ移送された。
新型兵器の訓練時間は行われないか数時間程度であったが、合板標的への発射デモンストレーションは常に行われていた。

新兵器の精度は妥当なレベルだったようで、一人の兵士が20メートル先の空飛ぶスズメを一発で撃ち落とすことができた。
しかしその兵士は例外だったようで、ほとんどの兵士は一時間程度の訓練が施され30発ほどの弾薬が消費された程度だった。

武器に対して非常に保守的なトンネルラット達は、当初新型兵器を使う事を嫌った。しかしベトナムへ持ち込まれて数週間も経たないうちに、特殊なショルダーホルスターに装着されたトンネル兵器がベトナムのトンネルへ持ち込まれた。

トンネル兵器の「サイレント」品質に、一部の兵士から致死性に関して質問が出された。
それはあるトンネル・ミッションで、トンネル兵器が人間の標的に及ぼす影響を第25師団の軍曹が実証した。

軍曹は迷路のようなトンネルの中を滑り角を這い回り、NVA兵士と向かい合ってしまった。
「出くわした時NVAは座っていた。私と同じくらい驚いていたが、私はヤツがライフルを撃つ前にトンネル兵器を発射することができた......。私はヤツを外へ引っ張り出して死んでいるのを確認した」

また、別の事件では、トンネル兵器で武装した軍曹が、トンネルの外へ走り出すベトコンへ発砲した。
「バンカーから出てくる彼を撃った。走っていて、20から25フィート離れていた。」

トンネル兵器は効果的だったが、通常の弾丸のようなストッピングパワーはなかった。トンネル内でベトコンやNVAと遭遇した際、敵兵は負傷したり動けなくなったりしたが、トンネル兵器の散弾を受けても死亡する事は無かった。

特殊散弾のスティールカートリッジケースや凹んだ位置にある雷管に問題があった。
リボルバーのハンマーに付けられいる発射ピンは、いつも発射できるほどしっかりと雷管に当たったわけではない。
その結果、最初に製作されたトンネル兵器の発射失敗率(18パーセント)は高くなった。
発射ピンはアメリカ国内でより硬い金属製のものに取り替えられ、特殊弾薬の設計が変更された。
しかし非常に保守的なトンネルラットは、このトンネル兵器を決して好まなかったし完全に信用しなかった。
トンネルラットがベトナムのトンネルで今まで使っていたものは彼らのために確実に働き、お陰で生き残る事ができた。
しかし実験台にされるのはもうたくさんだという気持ちにさせられたようだ。

しかし、アメリカ軍の別のグループはトンネル兵器を拒む事は無かった。
第25歩兵師団は、偵察・情報部隊の一部メンバー、レンジャー中隊および歩兵中隊にもトンネル兵器を支給した。アメリカル師団は、トンネル兵器をレインジャーと歩兵の中隊とともに使用した。これにより、トンネル兵器は待ち伏せ作戦や捕虜の拉致などの隠密行動に使われるようになった。

トンネル兵器は特に夜間の待ち伏せに理想的であることが分かった。敵の兵士たちは10フィート以下の射程距離で射殺され、近くにいた他の兵士たちは銃声を聞く事は無かった。これを使った兵士からトンネル兵器に関するコメントは以下の通りである。;

「このピストルを5丁持っていたら、私たちは敵のテリトリーに1週間居座ることができる…」

「あのピストルは私が今まで見た中で最もすばらしい武器だ。私の小隊でこれを3丁使うことができた。ピストルはキャップピストルより大きな音を出さない。直感的な射撃でターゲットに命中させる事ができる。私はその武器で狙う事は無かった。この武器は今まで使っていた38スペシャルの拳銃よりも正確で非常に静かで、はるかに優れていた」

「私たちの使用環境では、非常にうまく機能した。私たちは敵との接触を避けなければならず、この武器は発砲してもやかましくないでの私たちの立場を危うくしない。小隊で5、6丁のピストルを使うことができました。」

兵器、特に弾薬の改良についていくつかの提案がなされた。雷管の位置を再設計し、多くの不発問題を解消した。
しかし1969年に使用されたことを除けば、評価期間後にトンネル兵器が再び配備されることはなかった。
現存するのは10丁と、AAI社によって管理された一丁のみとなる。これらのうちの2丁はアバディーン試験場のアメリカ兵器博物館にあり、サンプル#5はそこで一般公開されており、AAI社のサンプルは厳重に保管されている。

ここに非常に奇妙な話がある。ベトナム戦争時、トンネル兵器の一つが紛失したと報告された。だがこの武器はカリフォルニアで、ある殺人事件で使用された消音武器として当局に押収された。
この特殊弾薬が使える状態にある物はほとんど存在せず、特に個人で所有される事は無い。
トンネル兵器および他のシステム用に製作されたピストン弾薬は、ATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)によって銃器用サプレッサーの扱いになると宣言された。

QSPR(トンネルWEAPON)技術データUNIT#5
全長 - 6.75インチ
バレルの長さ- 1.372インチ
ボア径- 0.400インチ
重量(弾薬が装填されていない状態) - 2.01ポンド
重量(弾薬を装填した状態) - 2.37ポンド
重量(シリンダー) - 0.419ポンド

弾薬
ケースDIAMETER - 0.526インチ
リム径- 0.550インチ
ROUND LENGTH - 1.866インチ
ROUND WEIGHT - 0.971オンス(27.5グラム)
発射- 3ピースプラスチックサボ含む15タングステン鋼合金ショット
ペレットDIAMETER - 0.147インチ
ペレットWEIGHT - 7.5グレイン
初速- 750 FPS
有効射程 50フィート
最大範囲 1400フィート
サウンドレベル-120デシベル(銃口から1メートルで計測)

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NAMNAM2019 従軍記

10月6日(日)

行きたい参加したいと渇望してはや数年。
やっとNAMNAMへ参加する事ができました。今回はレポートを書いてみようと思います。

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今回の遠征では「新幹線」を使って移動しました。
朝、名古屋駅の改札での一枚。
撮影&フィールドまでの送迎を、チームメイトのウォーター君にお願いしました。本当に感謝感激!

会場となるフィールドは、名古屋の中心部から1時間弱の所にある某所。
静岡を始発の新幹線で出たのですが、自分の到着が遅れてしまいフィールドへの到着が9時過ぎとなってしまいました。

会場にはもう既に、顔なじみの色々なショップさんがお店を開いていました。
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準備を手早く済ませ、NAMNAMの開会式に参加します。
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向かって右側の方が、NAMNAMの主催者であるトンネルラット氏。
今回の開催に向けて、フィールドの整地や色々なご苦労があったそうです。フィールド整備にボランティアで参加された方々にも深く感謝致します。

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ルール説明を聞くSEA HOUNDの面々。

もはやお約束となったSEALの朝は早い”

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耳や首筋にもカモフラージュを怠らない。
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ノーコメントww

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今日のSEA HOUND
ウルゲイル大尉以下6名の編成で、ギ・フ戦区へ派遣された。

以下、レポート風の妄想小説を書かせていただきます(笑)
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「ターゲット!」
ウルゲイル大尉が目の前へ一枚の写真を置いた。
古びたその写真には、一人の北ベトナム軍の兵士が写っている。
「”Bạc”、訳すとシルバーって名前だ。以前モ・トス戦区で我が軍へ甚大な被害を与えた張本人だ。先日投降したVCからの情報だが、この戦区へヤツが移動したらしい。今回この男を”無力化”するんだ」
「司令部からの命令はどうするんですか、大尉」
私の言葉に、大尉の緑色に塗りたくった顔が歪む。
「無視だ。この男を殺す」
まだらに塗られた顔は、どうやら笑っているようだ。
”Hooya"
ST-1のメンバーも皆笑っていた。
狩りの時だ。

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エリア8地点に、敵大部隊が集結しているとの事だ。
我らSEALチームは、海軍のPBRに乗ってメコン河クルージングをするのだ。
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船から飛び降りた我々は、水辺から慎重に上陸する。
そこの草むらに、伏せて待ち伏せをするベトコンがいるかもしれないからだ。
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今回陸軍のLRRPチームが、米軍の目として投入されていた。
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敵地深くに対人地雷をばら撒き、敵の動向を司令部へ報告していたのだ。

深いブッシュを抜けていくと、人のおしゃべりや枯れ枝を踏む音が聞こえてきた。
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想像以上に敵の守りは堅い。まるで、こちらが来るのを察知しているようだ。
こちらは6人、だが相手はその倍。
指揮を執る”Bạc”を視認しても、相手の警戒が厳しすぎて近づく事すらままならない。
ストーナーマンのJが敵めがけ一連射すると、辺りはスズメバチの巣を突いたような騒ぎとなった。
私たちは全速力で遁走した。
敵の怒号を後ろに聞きながら、私たちは安全地帯へ飛び込む事ができた。
そういえばSEAHOUNDは、過去この戦区へ何回か投入されたよな。私は肩で息をしながら、傍らで座る大尉へ声をかけた。
「大尉、ヤツらに何をしたんですか? あの隙の無い警戒っぷりはハンパ無いですよ」
「まぁ、そりゃ……な」大尉が口ごもる。
後で過去の行状を聞いたのだが、そりゃこの地域でお尋ね者扱いにされる訳だ。

CPに戻った我々は装備を整え、再度打ち合わせをした。
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今度はトラックで我々を運んでくれるとの事だ。
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下車後すぐに敵と接触し、散発的な戦闘の後小休止を取るメンバー。
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敵の守りは堅い。
陸軍のLRRPと共に、敵の勢力圏へ再度攻撃をかける事となった。
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激しい銃撃戦となった。私とウォーター兵曹と二人で、敵の側面を迂回し”Bạc”暗殺のチャンスを伺う。
すると、ブッシュの切れ目から、立ち上がって指揮を執る北ベトナム兵が見えた。ヤツだ!
消音短機関銃の狙いを定め引き金を絞ると、その兵士の姿は藪の中へ消えてしまった。
折角のチャンスをふいにしたのか!?
チームの本隊と合流し兵士が立っていた場所へ行くと、亡骸があった。
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亡骸を確認すると、どうやら”Bạc”を仕留めたようだ。
任務は終わった。
だが、敵との戦闘はまだ続くのであった。



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参加された皆さま、お疲れ様でした!
主催のトンネルラット様、楽しいイベントをありがとうございました!!


アホカリプス2019 Day-2-2

1970年7月14日 モト・ス地区
断続的な豪雨の中、米軍を主力としたサーチアンドデストロイ作戦が行われた。
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目の前で、共産軍によってトラックから援助物資を奪われる失態を犯し、全力をあげ敵軍を捕捉撃滅せよとの命令が下ったのだ。
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ST-1シーハウンド”クリーチャー”は、敵の活動地域(インディアンテリトリー)へ潜入、偵察と確保の任務が与えられた。
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他の歩兵部隊は、普段ならばSEALが進むべき戦区で戦っている(どうやら、この川遊びが面白いという兵隊がいたようだ)
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ST-2”Red Viper”のメンバーも、どうやら川遊びができたようだ。
山の中を音もなく我々は進んだ。
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「少佐、俺達はいつから陸軍になっちまったんですか」
自分が小声でボヤくと、少佐が睨みつけてきた。
「潜入、偵察、確保ができるのが俺達だけだからだ。給料分働け」
「Hooyah」
しばらくすると、先行していたフィッシャーとニック少尉がハンドシグナルで停まれを出す。
どうやら共産軍の特殊部隊兵士を発見したらしい。それも近い。
大尉は本部へ報告し、交戦許可を求める。が、
”交戦は許可せず。敵への偵察を続行せよ”
なんてこった!
その後、戦略的要衝の偵察、確保の任務が与えられたが、”クリーチャー”への交戦許可は降りなかった。
一度は潜伏している10m横を敵の小隊が歩いて行った事もあった。
おれたち誰か司令部に恨みでも買ったのか?
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隣の戦区(それもどえらい近くだ)で派手なドンパチをやっているのを横目に、静かに移動と潜伏を繰り返す。
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丘の下では友軍と共産軍が激しい戦いを繰り広げているが、警戒と待機をする”クリーチャー”の面々。
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短距離偵察から戻ってきた、LDNNのHungと、ストーナー射手のウォーター。ベテランの仲間がいる事が心強い。
敵地で行動していると、陸軍特殊部隊のチームとも遭う事もある。
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話を聞くと、どうやら敵の勢力と何度か遭遇し、激しい戦闘になったという事だ。畜生!
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ジャングルの遠足を繰り返し、”Red Viper"のメンバーと合流した時の事だった。
”Red Viper"の若きポイントマン、レバ・サシがニック少尉の北ベトナム製サンヘルメットを見て、敵と見間違えそうになったとの事だ。
「一発撃っていたら大変でしたよ」
「ああ、一発撃っていたら弾を倍返しにして撃っていたぜ」
周辺警戒を信頼できる”Red Viper"のメンバーに任せ、足を伸ばさせてもらう。話を聞くと、どうやら敵と激しく交戦したようで、負傷したメンバーの姿もちらほら見える。
「今回ウチのチームは一発も撃ってない」
そう言うと、皆びっくりしていた。
休憩を終え、また次の地域へ移動。すると、目の前の丘から激しい銃撃音が聞こえた。
木陰から覗いてみると、丘の上へ陣を貼る友軍へ、共産軍が猛攻をかけているのだ。
味方の陣地は陥落し、共産軍が勝利の雄たけびを上げていた。畜生!
『HQ、HQ、こちらクリーチャー。ただ今より、敵へ威力偵察を行う』
ラジオマンのChoBinがマイクに叫ぶ。少佐が威力偵察名目で、攻撃許可をもらった。
ニック少尉、フィッシャー、ウルゲイル大尉が獲物を狩る肉食獣のように、静かに素早く藪から飛び出す。
自分は重いM60を抱え、その後をヨタヨタと付いていった。後ろからウォーターが応援で来てくれたのはありがたい。
敵は完全に油断していた。
3人は完全に敵部隊の背後を取り、一斉射撃を行った。マシンガンの一なぎで、敵の兵士がバタバタと倒れていく。
一発カマして遁走する3人を援護すべく、ウォーターと私は猛烈な援護射撃をおこなう。
どうやら主力を一気に壊滅させたらしく、敵の追跡は無かった。
安全地帯に戻り確認すると、チームの損害は無かった。
結局戦ったのはこの一回のみ。だが、HQからの命令を完遂し、敵部隊を壊滅させた。
大戦果だ。
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任務は終わった。
だが、また次の戦いが待っている。

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昨年同様、小説風でレポートを書いてみました。
加筆修正承ります。何かありましたらお気軽にどうぞ。
アホカリ2019へ参加された皆さま、お疲れさまでした。
また来年、かの地で会いましょう!
<謝辞>
今回、素敵な写真を提供してくださった皆様へ、この場をお借りして御礼申し上げます。

アホカリプス2019 Day-2

Day-2

前日からの豪雨は自分が持っていたタープを半壊させ、皆が寝ていたテントへ浸水被害をもたらすなど、甚大な被害を与えていた。
イベントの開催が危惧されていたが、ウルゲイル大尉の一言でシーハウンドのメンバーは装備を整える事となった。

SEAL隊員の朝は早い
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断続的に降る雨の中、入念なフェイスペイントと装具のチェックを行う。
すると本部から、前日雨でできなかった弾速測定をするとのアナウンスが流れた。
俄然やる気の出たメンバーは、手早く確実に装備を整えていく。
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SEALチーム2のメンバーと談笑するニック少尉。
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ベトナム軍のサンハットを使うニック少尉。
後でこの帽子が原因でヒヤリとする事があった。

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チェックを済ませたチームメンバー。やる気十分である。

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出撃前の一枚。
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今回共に戦うSEALチーム2”Red viper”のメンバーと。
共に火力偏重の装備である事がわかる。

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出撃前のミーティング。米軍共産軍とも悪天候の中にもかかわらず、参加将兵の士気はとても高かった。
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アホカリプス2019 Day-1

2019年7月に開催された、アホカリプス2019へ参加してきました。

年に一回の大イベント、昨年は関西地方を襲った豪雨で参加できなかった仲間たちと久しぶりの再会です。
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アホな画像はこれまでにして、本隊に遅れて到着してしまいました(汗)
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土曜日のこの段階では、曇り空だったんですよね。
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早速チームの制服に着替え、シーハウンド一同で記念撮影。

今回、ニック少尉(Ensign)とフィッシャー三等兵曹(Petty officer third class)の昇任式が行われました。
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ニック少尉、フィッシャー三等兵曹、おめでとうございます!

それに、今回のアホカリで正式にウォーターがシーハウンドへ入隊しました!
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Welcom Sea Hound!

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これからもよろしくお願いします!

キャンプサイトの設営が終わった所で、雨が降りはじめました。
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ヨーイチさんのお店で喉を潤す海軍兵士。

そんな時、SEALチームのスカンクワークス、関東のネイテックと呼ばれているヨウス君から、ストーナー祭りへの参加を誘われました。
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ストーナーマシンガン以外でも参加は可、特殊部隊で使われた珍妙兵器を並べて展示しようという企画でしたが...
お前ら頭おかしいだろう
という銃の展示会となってしまいましたw

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圧巻は、ヨーイチさんが持っているCal50に実物のPVSをマウントしたもの。
写真で見た事はあるけども、こんなの初めて見た(滝汗)
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テントの中の銃トータルで車を新車で買えるくらいの金をぶち込んだ、こだわりの銃展覧会でした。
いやー、眼福。

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雨の中での開会式、ここから雨脚は更に強くなってきました……

そんな中海軍基地では、肉を椀子そばのように食べる催しが行われていた......
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妻謹製のスパムおにぎり、ビーフシチューがとても美味でした。妻、いつもありがとう!

肉にむらがる男たち、夜宴は夜遅くまで...今回あまりの豪雨で海軍の面々は早々にテントへ横になってしまいました。
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遊びに来られた方々へ、本当にごめんなさい。
自分は雨に当たりすぎて体が冷えたのか、7時には車の中へ避難してしまいました。
自分のテントを立てる事すらできない悪天候の中、激しい雨音を聞きながらまどろみの中へ......

Day-2へ続く
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